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宮城道雄と対比される山田流の代表的作曲家として、中能島欣一が挙げられるが、初世中能島松声の孫として生まれ、大正八年、十五歳の時に晴眼男性の筝曲家として筝曲教授となった。 宮城道雄の新日本音楽とは全く異なる傾向の作曲家として高く評価され、21歳の時の処女作「陽炎(かげろう)の踊り」や名曲として名高い「赤壁賦(せきへきのふ)」などが挙げられる。特に「赤壁賦」は、古典的な山田流筝曲の伝統から逸脱することなく、それでいて筝の本手と替手と尺八の組み合わせ方に工夫を凝らして、斬新な味わいを出している。 昭和17年に到って、独創性にあふれた作品として筝独奏曲の「三つの断章」を作曲し、昭和30年代に興る現代邦楽の先駆をなすような作品となった。 中能島欣一の思い出としては、昭和24年に東劇で岳父の今井慶松(元東京音楽学校の教授)作曲による「鶴寿千歳」という祝いの曲を中能島社中が地方(じかた*1)で演奏し、立方(たちかた*2)は当時の歌舞伎俳優、坂東三津五郎と中村福助[現芝翫(しかん)]がそれぞれ、雄鶴、雌鶴を舞った。舞台全体の艶やかさの中に凛として引き締まった雰囲気が漂っていて何とも言い表せない感動を覚えたものである。 宮城道雄、中能島欣一の両氏は東京音楽学校を経て、現東京藝術大学音楽学部筝曲科で共に後進の指導に当たり、数多くの作品を次々と発表して行った。 最近、日本の国際化が叫ばれているが、本当の意味での国際化はまず自国の文化を知り、堅固な土台を築くところから始まるということに、日本人も少しづつ気づき始めた。近い将来小学校の音楽教科にも琴が取り入れられることになったが、二十一世紀を担う若い人たちに、大きな期待を寄せている次第である。 * 1 地方:伴奏を受け持つ人々の称 最後に、既にご承知の方もおられるとは思いますが、ここに参考までにラジオ・テレビ番組を紹介させていただきます。 NHK・FMラジオ「邦楽のひととき」(月曜・午前11時)、 |
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