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70歳以上の機関誌「銀杏」
シリーズ「昔話筆の向くまま」
 
 
第1話 運がつく話
 
 
島 健二(76歳)
 
     
 

 古い話ですが、私は昭和18年4月に旧制静岡高等学校に入学しました。親元を離れて初めての寮生活を送るようになったわけです。色々なことを経験しましたが、その頃に起きた事件をご披露したいと思います。

 生まれて初めて学ぶドイツ語に親しむ間もなしに起ったのがチフス事件でした。寮生の中から何人かのチフス患者が出て即刻入院させられた時のことです。
 私はこの時にたまたま、風邪をひいて熱を出していたために、入院とまでは行きませんでしたが、疑いを受けて寮内の静養室という一室に隔離されてしまいました。同じような仲間は六人いました。結果的にはみな単なる風邪で、3日も経過したら全員元気になってしまったのですが、一旦疑いを受けた以上は無罪放免というわけには行かず、週に1回の検便と血液検査を3回クリアしなければ放免してもらえないとのことで、なんと3週間もこの静養室に閉じ込められる羽目となってしまったのです。このブランクがドイツ語の力が付かなかった原因というのは言い訳です。

 それはともあれ、最後の3回目の「検便」の時の話です。起床して排便を済ませた直後に「検便」との知らせがあったのです。
 六人の仲間達は各自トイレにこもって懸命の努力をしたのですが、一度済ませた後だけに大変な「難産」でした。『出た。出た。』と歓喜の声を挙げて1人去り、2人去りして、とうとう私を含んだ2人が残ってしまったのです。私は力を振り絞って頑張った末に少量の排出に成功しました。『やれ嬉しや』と容器にとり、残部を捨てようとした時に隣室から悲痛な声があり、『どうしても出ないから分けて貰えないか』とのたまわれた御仁がいたのです。「便」を提出しなければ放免がまた1週間延ばされるためで、その気持ちは分かりますが、当時私は軽度の「痔主」であり、しかも目一杯に頑張ったために少量ではあるが出血していました。血便ではありませんが排出した「便」に血が付着していたのです。くだんの御仁に『これでも良いか』と問うたところ、しばらく躊躇した後に彼が云うには『チフスと言われたらお前のせいだぞ』とのこと。貴重なる「雲古」を分譲して貰いながら何たる言い草であろうか?
 『厭なら止めとけ』と言うと、『それでいいから頼む』と悲痛な声でのたまうので、勿体を付けて分けてやったのです。彼氏の名誉のために名前は伏せることにしますが、結果としてはめでたく両名ともご赦免されることになって、60年近く経った現在でもお互いに元気で生きているのは運がついたのでしょう。滅多に経験することが出来ない体験だったと思っています。そこはかとなく臭いが立ちのぼって来るようなお話で失礼致しました。 

 
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