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70歳以上の機関誌「銀杏」
日本古来の文化  
 
 
 邦楽浄瑠璃長唄篇A
 
龍田 武二(77歳)
 

長 唄
 遠く能の「翁」に端を発して、いろいろな邦楽が生まれ育っていったが、出雲の阿国の歌舞伎踊りでは伴奏としての能の四拍子(太鼓、小鼓、能管、締太鼓から成る能楽のお囃子)が用いられていた。
 一方、上方での長歌(地唄、上方唄)は三味線音楽の一種であったが、後にその一部が歌舞伎と結びつき江戸に下り長唄となった。
 短い唄を集めて作られていた組歌に対し、一つのまとまった歌曲を長歌と呼び、上方長歌の多くは検校達によって作曲された。
 「小夜衣」「子の日」(ねのひ)「滝尽し」「難波獅子」「松尽し」「狐火」などの曲が今に残っている。
 江戸長唄は阿国歌舞伎の時代から時を経て、江戸後期に至るに従って、上方の「道成寺」や「越後獅子」等が採り入れられるなど、歌舞伎の発達と共に発展していったのである。
 しかし、また幕末の頃には歌舞伎から離れてお座敷歌曲としても作られ(「秋の色種(いろくさ)」「吾妻八景」など)、ついに、三味線歌曲の王座を占めるに至った。
 従って、その種類もすこぶる多く、これを大別すると
純長唄・・(「京鹿子娘道成寺」「越後獅子」「鏡獅子」「連獅子」「鶴亀」「老松」「汐汲」「浦島」など)、
めりやす・・(「黒髪」「明の鐘」など短いもの)、
唄浄瑠璃・・(「勧進帳」「舟弁慶」「熊野」(ゆや))「うつぼ猿」「紀文大尽(きぶんだいじん)」など、
大薩摩・・(「矢の根」「蜘蛛の拍子舞」など)となる。

長唄研精会の誕生
 従来、長唄は歌舞伎と共に育ってきたため、劇場音楽を主体としていたのに対し、明治三十五年に、唄の吉住小三郎(後に慈恭)と三味線方の杵屋六四郎(後に稀音家浄観)が連合して長唄研精会を興した。専ら演奏会用舞台芸術として長唄の表現法を工夫し、定期的に演奏会を開催するなど、新分野を開拓したので、長唄に対する世間の認識も新たになり、大いにもてはやされるに至った。現在は東京藝術大学邦楽部内に筝曲科と並んで長唄科が設けられている。
邦楽の掛合(かけあい)について
 掛合とは邦楽を合奏する場合、二人または二組に分かれて交互に演奏することである。筝曲、三味線音楽にはこれまで色々な組合せがあった。
 例えば、歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」、道行(みちゆき)の義太夫と長唄、「喜撰」に於ける清元と長唄、山田流筝曲「江の島」の筝と長唄、「京人形」の常磐津と長唄という風に分かれて交互に演奏されることがしばしばである。

 

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