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70歳以上の機関誌「銀杏」
創生苑ご入居者紹介  
 
 
  男の子も恐がるお転婆時代
 
金沢 船子(86歳)
 

いつも笑顔がすばらしい金沢様(創生苑居室前) ご主人様のご兄弟が戦死されたことがきっかけで、現天皇陛下ご結婚の儀に招待されたが、高価で着飾れるお召し物がなく、参列を辞退されたエピソードを持つ金沢様をご紹介します。

ご主人様とのエピソードをお聞かせ下さいますか?
  昭和9年に酒屋、米屋「かなまさ」(練馬区向山)を開業したのよ。酒屋をオープンさせるのに随分多額な金銭がかかり、主人と二人で苦労したわ。店名はね、金沢のかなと主人の名からまさを取って「かなまさ」、単純ね。当時主人は自転車で配達していたけど、私は自転車に乗れなかったから担いで配達してたのよ。体力だけは自信があったわ。それとね、私は計算がとにかく苦手なのよ。お店にお客さんが三人もいらっしゃると、いつもハラハラドキドキだったのよ。時にはお客さんに計算してもらったのよ。これではと思い、ソロバンを覚えたとたんに機械式のレジを店に置いた時は、さすがに主人に対して怒ったわ。私の気持ちも考えないでと思ったけど、私の今があるのは主人のお陰よ。

幼少時代はどんな女の子だったのですか?
  浅草で生まれ、小学校五年生まで浅草で、小学校六年生は練馬で過したわよ。周りの友達は勿論、自分でもお転婆だって思っていたわ。そう言えばこんな事があったわ。女の子の友達が男の子にイジメられていると、本能的に走り出し、取っ組み合いになったのよ。結果は私が勝ってしまった。コテンパンにね。多分血相が変わっていたと思うわよ。男の子がイジメられていても、同様に助けたわ。口数の少ないおとなしい男の子は、何となく私を恐がっていた様子ね。私が廊下を歩くと、道が広がる感じがしたわ。(笑)
  それと、とにかく勉強ができなかったのよ。唱歌、運動は良くできたけど、その他は全くでね。当時の通信簿は成績が良い順に甲、乙、丙で付けられていたのだけれど、殆ど丙で占められていたわ。そんな感じでも楽しく過せていたのよ。でも六年生に進級する前に浅草を離れて練馬に転校が決まったの。お別れの時、強い女の子(芯のある子)というイメージで目立っていた私に、担任の先生、助けられた友達、イジメっ子、皆が寂しがって泣いて見送ってくれてとても嬉しかったわ。中には女の親分=私の転校を喜ぶ男の子もいたかも知れないわ。それでね、転校先の先生にこう言われたの。「おい、お前は沢山の兵隊に守られていて、とても幸せだな」って。
  さすがのお転婆娘も苦笑いしたわ。
創生苑に対して一言お願いします。
  私は一人部屋ですが、部屋が広く、車椅子なのでとても助かります。買物も、好きな物が買えて、食べられるので、特に希望はありません。足が自由に歩ければ、冗談だけど勝手に外に出てしまおうかな。(笑)

〈後記〉
  お転婆娘の金沢様も取材中は血相変えることもなく終始にこやかに答えて頂けました。火事、地震がおじけづくほど恐いという金沢様。地震が起きないうちに、いつもの一杯を召し上がってお休みになって下さい。ご協力どうも有り難うございました。

 

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