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お隣りの国、中国はどんどん人口が増えていますが、モンゴルは二百四十五万人、だいたい昔から同じような人口だったのではないかと思いますが、何か理由はあるのですか。
モンゴルは遊牧をしてきたから、面積でいうと一世帯で何頭の家畜を持っていたか、その家畜のためにどのくらいの土地が必要だったかを考えて、だいたいこのような数になったのでしょうね。ある学者の説によると、かつて人口は百万人だったそうです。
このように少ない人口で世界征服できたのは、チンギス・ハーン(以下ハーンと呼びます)の戦略や軍事的な組織力があったからでしょう。そして、当時としては最も近代的な武器であった馬を持っていたからではないでしょうか。それから弓矢。餌も後ろから、つまり羊がついてきてくれるし(笑い)。当時としては一番短期間で移動できる軍隊だったのでしょう。
ハーンという人が優れていた理由としては、どの国を攻めても宗教に関係なく「みな平等である」とした点です。「あなたの宗教は私の宗教」というように、宗教争いを禁じました。外交戦略も優れていた。彼は攻める前に必ず使者を送った。そして「降参して税金を払い、配下に入るか」 を確かめた。相手が抵抗すると一人残らず、残酷にも大人を全員殺した。そういうやり方で攻め、「抵抗しなければいいんだ」と思わせることであっという間に帝国をつくることができました。
日本では「源義経はチンギス・ハーンになった」なんていう説もありました。義経は当時の国民にとって英雄だったから、彼が死んでしまったらおもしろくないのでハーンになった、と。
十二世紀ごろに書かれた彼の伝記があります。十三代前の家系から記録があるのですが、その人は海を越えてきたそうです。それは日本からかもしれません(笑い)。
平均寿命は低いですね。
男性は約六十二歳で、女性は六十五〜六十六歳。三十五歳以下の人が人口の七割を占めます。理由の一つとしては、遊牧民などには医療サービスが届きにくいから。病気が治らなくなったときに病院に来るのです。もう一つ、乳児の死亡率も高い。発展途上国の中では低い方ですが。
老人ホームはありますか。
基本的にはないのですが、モンゴルでは親の面倒はいまだに子どもが見ます。そして大家族で暮らしています。地方の人は「馬の上に生まれ、馬の上に死ぬんだ」という人が多く、自分が身の回りのことをできなくなったら、死んだらいい、という考え方が多い。いくら子どもが「病院に行こう」といっても「いやだ」という“頑固爺さん”が多いです。
モンゴル人は移動するとき、一世帯で動くのではなく親戚同士の二、三世帯で動きます。冬と春を越えて夏場になると、山から下りてきて川のそばに親戚、友人などさらに多くの世帯が集まり、互いに「牛番」「羊番」などの係を決め、負荷を軽くして少し骨休めをします。よく、「一つの川の水を飲んで育った」という言い方をします。
話は少し変わりますが、近頃、国として困っていることがあります。異常気象、そして市場経済への移行でシステムが変わったことにより、越冬が大きな問題になってきました。遊牧民にとって短い夏の間にどれだけ羊に脂肪をつけられるかが勝負なのです。たくさん太らせ、何重にも脂肪の層をつくっておくと冬を越せます。餌のない冬に枯れた草を少し食べながら体の脂を消化する。脂が少ないと餓死するか体が弱る。体が弱いと寒さに弱いため、寒波や冷たい雨で死んでしまう。
組合だった時代は家畜が入らない場所をみんなで草を刈り取り、準備をしましたが、今は規模が違います。国は昔と違い、義務がないし力を入れたくても金が不足しているためできない。冬に大雪が降ると枯れた草が隠れてしまい、家畜が食べられない。そのときのために必要な餌も安全備蓄の分しかないため、量が少ない。せいぜい一カ月分です。
昔、人々は冬は暖かいゴビ地方(南部)に移動し、夏は草の多い山岳地帯に移動したらしいですね。だから安全備蓄を作らなくても済んでいたのですが、今はそういうわけにいきません。縄張りができるのでそこに留まるのです。昔に戻せばいいようですが、なかなか難しいですからね。現在は酪農方式にもっていった方がいいのではないかといわれています。酪農は都会のまわりでのみ行うのです。
モンゴルの土地はもともと農業には適しておらず、何年間か農業すると、(土地が)壊れ、風で吹き飛んでしまう。ものすごく乾燥し、粘りがないのです。昔、百万ヘクタールの農地だった場所は放っておいたために自然に戻らない。はえても雑草で、家畜は食べません。
都会はとても発展しています。多くの人々が携帯電話を持っていますし、インターネットもしています。日本レストランはウランバートルに十くらいありますし、中国、イタリア、フランスなどあらゆる国のレストランがあります。日本人が来たら、きっと物には不足がないでしょう。ただし、モンゴル人にとっては物価が高くなってしまった。給料の平均は月七千〜八千円くらいなのに物価は日本の五割くらいなのですから。人口の三分の一は貧困だといわれています。
社会主義時代、教育は非常によかったのです。識字率、人口一万人に対する医師数は世界のトップレベルでした。しかし市場経済化の中で、特に教員が「給料が安い」といって、優秀な人が辞めていったため、一時期教育が落ち込んだことがあります。それでも今でも、教育は大切だとして、親たちは自分たちの食べ物を減らしてでも子どもたちをいい学校に行かせようとしています。いい先生も戻ってきていますし。
地方はまだまだですね。家畜は個人の物になりましたから、子どもの何人かを犠牲にしてしまうのです。たとえば五人の子どもがいたら二人は大学へ、三人は家畜をみる、というわけです。義務教育が修了していなくても読み書きできればいい、と。
モンゴルでは雪害や干ばつがなければ安心して暮らせるのですが、今は遊牧民はとても不安なのです。毎年、地域によって大きな雪害があり、人によっては百%の家畜を失ってしまう人がいます。生活の手段がなくなりますから、都会へ出てきますが、職が見つからず無職の人もいます。社会主義時代にはなかったような社会問題が生まれています。たとえばストリート・チルドレン。仕事のない親に八つ当たりされたり酒を飲んで暴力をふるわれたりするから、子どもたちはかえって外にいた方が食べ物が見つかる、というわけです。ストリートにいればキリスト教の宣教師や日本人らが援助物資を運んでくれる。物がもらえるから、また子どもが増えるということです。
根本的に解決するためには、親に仕事を与えることが大事です。
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