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タイの仏像はほっそりしていますね。
日本の仏像とはちょっと違いますね。タイの仏教は日本の仏教と宗派が違いますし、大きな違いはタイのお坊さんは結婚してはいけない、女性に触れてはいけないなど、とても厳しい戒律が二百二十七あるんです。仏像も時代によって異なってくるのですが、大仏さまのような日本のどっしりとした仏様に比べるとだいたいほっそりしていますね。
大使館の玄関に建設中の仏像がありますが、あれはもともと仏像の首だけがあったものを新しく作り直しているところです。頭は何年か前に日本の方が持ってきたもの。「詳しいことはわからないが、タイのものだと思うのでお返しします」ということでした。昔、仏像の頭だけを仏教を理解していない外国人、とくに西洋人が持ち去ることがありましたが、どういうルートかわかりませんが、その方の所に届いた頭を大使館に持ち込んだ訳です。去年赴任した大使が「このままではよくない」とタイに送り、作り直して大使館の仏像として置くことにしているところです。
いいことですね。タイでは仏教が国民全体に浸透しているように思います。
仏教だけでなく、バラモン教やキリスト教、マレーシアに近い南部ではイスラム教もあります。プミポン国王陛下はもちろん仏教徒ですが、タイではうまく他の宗教も調和しています。「タイで生まれた人は(華僑などであっても)タイ人だ」といいます。たとえばタイ人と華僑が結婚することもあって、完全にタイ人だといえる人をさがすことが難しいぐらいです。ぼくも華僑なんですよ。
政府の政策もあるでしょうが、地理的にまわりを(いろいろな国に)囲まれているので、うまく庶民が生活していますね。仏教の教えでは、神さまが違っていても「みんながいい人間になり、迷惑をかけないような人間になり、平和に暮らせるように」というのが最終目的だと思います。たとえ隣りがキリスト教の人でも「いい人間になるんだ」という教えがあるから、われわれも付き合えるんでしょう。
とても大事なことですね。仏教を主流とする国々が手を取り合って、世界平和に向けて働かないといけないのではないでしょうか。
「日本の最近の若者は」というと、自分が年取ったみたいですが(笑い)、日本では無宗教の人が多いですね。原因の一つは(法律で)「国が国民に宗教を押しつけてはいけない」とあることかもしれません。タイでは信仰の自由を保障していますが、仏教が国の宗教であるとしています。授業にもあり、公立校では仏教の道徳「お釈迦さまがこう教えているから、そうするように」と、教えています。「(悪いことをすると)バチがあたる」という恐怖感が子どものときからあるのでしょう。
他の東南アジア諸国と異なり、タイはなぜ、ヨーロッパなど列強の植民地にならずに済んだのでしょうか。どんな理由や英知があったのですか。
まずは立地条件。地理的によかったのでしょう。ラーマ四世当時(幕末の頃)に、西側はインドやビルマにイギリスが侵入し、東側にはラオス、ベトナム、カンボジアの三国を植民地にしたフランスが入ってきた。タイはちょうど(東南アジアの)真ん中にあるのですが、イギリスが入ろうとするとフランスが、またその逆と、両国が牽制し合う状況があったのだと思います。国王はそれをうまく利用し、領土をとられないようにした。当時は国境がはっきりしていませんでしたが、いろいろな列強と問題があっても全土が植民地化されないように、イギリスやフランスに必要最小限の領土を譲る政策をとっていました。
国王はこれらをすべて取り仕切ったのです。また英仏から「ちょっかい」を出されないよう、法律を変え、王子たちを留学させたり近代化を図り、未開の国ではないことを示しました。ラーマ五世も子どもたちや自分のきょうだいを留学させ、帰国したら各省庁の大臣に就かせました。ですから初代の外務、内務大臣などはほとんどが王族の方々です。
エリートとして養成したわけだ。四世は、『王様と私』の主人公ですね。
タイには仏教が基本にあったから、キリスト教国に侵略されなかったのでしょうか。
そうですね。仏教の基盤がしっかりしていたから、キリスト教が入ってきても国民全体が信者になるようなことはないだろうと、教会を作っても構わない、と。しっかりしている部分があったから恐怖感はなかったし、歓迎できるということになったのでしょう。
王さまが頭脳明晰で、世界的な情勢に対してバランス感覚がおありになったことがよかったのでしょうね。ご自分が王であり外務大臣で、文部大臣も兼ねると、いろいろなさったのでしょう。
ところで、タイは昔、「シャム」といわれていました。今でも会社名が「(タイ語で)サイアム何々」というのがあるようですが。どのように「タイ」に変わったのでしょうか。
タイはもともと一つの民族で、中国南部にいました。現在、中国の雲南省に残っている人たちもいますが、タイ族はだんだん分散し、インドのアッサムに行ったり今のタイに南下してきたタイ族もいました。タイ内でも南部と北部でいろいろなタイ族がいました。サイアムという国名がタイに変わったのはラーマ8世のときです。タイとはタイ語では「自由」を意味します。ですから、自由を愛する民族です。間違った解釈で身勝手で「好きにやるよ」という人もいますので、最近、それを見直そうという意見があり、社会では「自由だけを主張してはダメだ」といわれています。
現在のプミポン国王はラーマ九世に当たる方ですか。
はい。二○○二年十二月五日に七十五歳になりました。一九九六年に在位五十周年を迎え、現国王の中では在位年数が一番長いです。
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