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70歳以上の機関誌「銀杏」
特別インタビュー  
     
 
 与謝野晶子の旅の歌
 
中山 成彬(75歳)
     

 ――― 江の島を詠む@ ―――

 好んで旅をした旅の歌人晶子の自選歌集「旅の歌」(大正十年五月十五日発行 日本評論社出版部)は「箱根湯本」から始まり「マルセイユより神戸へ」までの旅の歌五六九首を載せているが、その中に「江の島」を詠んだ歌四首が載っている。
    ○ 秋の島奥の方より水はこぶ
       白き桶など心地よきかな
           青海波(初出 明治四十二年十月 スバル)
 当時の江の島は、岩盤のため個人用に井戸を掘るのが困難で十個位あった共同井戸も塩分を含むものが多く、島民はとくに飲料水の確保に苦労した。飲料用として東町には「じようの井戸」(旧金亀楼下)西町には「さんじっとうの井戸」(現在の江の島神社の朱の鳥居付近)が貴重な頼れる水源だったようだ。
 炊事時ともなると、どこからともなく島の人達が共同井戸に集まってくる。そして汲み上げた水の桶を慣れた手つきで天秤でかついで各戸に消えていく。往来を行き交う白い桶がいかにも島の生活の活気に満ちた息づかいを感じさせ何とも心地よい。秋のすがすがしい風物詩として、旅人晶子の眼に映った。
    ○沖つ風吹けばまたたく蝋の火に
       しづく散るなり江の島の洞
           青海波(初出 明治四十四年七月二十四日 二六新報)
 明治九年来日したフランスの東洋学者エミール・ギメは、その著書の中で江の島の洞窟を「まるで閃光と燐光で建てられた光の神殿のようだ」と述べている。
平成五年四月、二十二年ぶりに再開された岩屋には、ギメの言葉を彷彿させるような光と音響で演出された神殿に信仰と伝説の竜神が甦った。そして洞窟内の胎内くぐりの足許を照らす蝋燭と燭台も復活した。明治四十四年のこの歌がそのまま今の洞窟に活きていることは、嬉しい限りである。(註)平成十四年十月この歌の歌碑を岩屋内の池中に設置した。
    ○白き桶三つ四つ置かれ切なげに
       かなかな啼ける夏木立かな
           朱葉集(初出 大正四年七月五日 東京日日新聞)
 水を張った白い桶が三つ四つ戸口に並べられている。今日の水汲みの仕事も終った。あたりの静寂を破って夏木立に啼くかなかなの声が心なしか切なげに聞こえる。島は今日も平穏のうちに一日を終わろうとしている。
 大正十五年十二月十四日には江の島水道の通水式が行われ水不足の悩みから開放された。
    ○海の風松をみにくく節多く
       悲しく見せて日のくれてゆく
           (初出)
 潮風にたたかれいたみつけられた松は、節が多くて見た目はよくない。夕闇につつまれてゆくその姿が哀しくいとおしい。
 昭和初期までは、島を掩うばかりだったと云う松は今は数えるほどになってしまった。一本松で親しまれた小動岬の磯馴れの松が、この状況を留めていたが、近年それも枯れてしまって今はない。

 

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