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鳥山 建夫(七七才)
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| 長い間の自民党一党支配の下、官僚機構と業界とが結び付いた政官業癒着の体制で続いたいわゆる社会主義的経済システムは、一九九三年に細川内閣の発足と共に、改革路線を歩み始めました。政治改革、政治制度改革を皮切りに、橋本内閣時代に取り掛かった構造改革は小泉内閣誕生と共に異常なほどの人気に支えられ、「構造改革」の大合唱となりました。党内基盤の弱い小泉首相は、八十数パーセントの高い支持率を背景に、自民党の派閥支配と利益誘導型政治からの脱却をうたい、「構造改革なくして景気回復なし」の旗印の下、抵抗勢力を押さえつけ、独断専行して、「自民党をぶっ潰す」とまでの威勢の良さを見せました。自民党内の主流派、抵抗勢力も「小泉人気、高支持率に乗った方が得策」とばかりに、暫くの間は鳴りを潜めて抵抗せず、小泉首相の云うことを聞く態度を取り、都合の悪いことは「先送り」を心掛けたようです。 「小泉構造改革」は順調にスタートしましたが、抵抗勢力の水面下での抵抗・妨害もあり、首相が掛け声だけで中々実行が出来ない力不足から、妥協に妥協を重ねて骨抜きにされる繰り返しです。危惧されたように、「自民党内での改革」は無理で、党外に出て新勢力を結集し、主流派・抵抗勢力の力が及ばない環境での「改革」が必要でした。成果が何もなかった訳ではなく、旧制度・構造を崩しかけた成果はありましたが、自民党や官僚機構をぶっ潰すことが出来なかったのです。 高支持率を頼る小泉首相がポピュリズム(大衆迎合主義)へと傾き過ぎたのは誤りです。民主主義では、民意を尊重するのが大切ですが、小泉首相は明らかに世論の動向を気にし過ぎました。大衆迎合、人気取り政策の限界、失敗は田中外相起用の失敗、更迭辺りで露呈した筈ですが方向修正はありませんでした。地方政治も、はては検察、裁判までもポピュリズムに傾いた昨今です。支持率はその後もかなりの高さを保ちましたが、理由は「他に適任者がいないから……」でした。 そんな小泉政治にも終焉の時が来たようです。今年九月の自民党総裁選では「小泉再選」はないと云われます。 またイラク危機でアメリカ支持を決めるのに、大衆の七割が反対する中、「世論に従って政治をすると間違う場合もある」と小泉氏は云いました。アメリカ支持の是非は別として、この発言は高支持率に乗って大衆迎合的政治をする小泉氏には大きなマイナス発言です。一般大衆が納得するような説明をしないと、大衆は次第に離反するかも知れません。 政治理念や政策を重視し、ポピュリズムを嫌う自由党小沢一郎党首も「世論というものはその時々色々出るが、トータルでは主権者の意思だから尊重されなければならない」とし「権力維持には世論を盾にし、そうでない時にはどうでもいいご都合主義だ」と批判しました。(三月六日読売新聞「取材メモ」欄) 小泉氏が手掛けた「構造改革」を誰がどう引き継ぐかを見守りたいが、現在、全く予測がつきません。 |
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