シルバーヴィラ向山TOPページ シルバーヴィラ向山TOPページ 催事 催事 花ちゃん通信 花ちゃん通信 出版・報道紹介 出版・報道紹介 機関誌「銀杏」 機関誌「銀杏」 施設紹介 施設紹介
70歳以上の機関誌「銀杏」
特別インタビュー  
     
 
 歌舞伎篇 歌舞伎こぼれ話
 
 
志摩 淳一(82才)
 
     

 前に書きました「昭和の名優たち」とは、一味違った、いわば歌舞伎世界の裏話としてお読み頂きたいと思います。
 昭和十三年五月に、一寸した事件がありました。中村福助(後の六世歌右衛門)が若い弟子と二人で、家の者には無断で、家出したのです。多分三四日くらいだったと思いますが、梨園御曹司の家出として紙面を賑わしました。父親の五世中村歌右衛門は世間を騒がせたお詫びとして、既に福助の出演が決まっていた歌舞伎座の役を辞退させ、翌月もごく軽い役一役しか与えませんでした。そして、現在の演劇界である演芸画報にお詫びの挨拶と事件の経緯をくわしく書いております。
 次は悲惨な話ですが、現在最高の女形中村雀右衛門の父親、六世大谷友右衛門は巡業先の鳥取で昭和十八年の大地震で圧死しました。
 このこぼれ話の中では一番ショッキングな事件は、戦後の昭和二十一年に起きました。当時は食糧難の時代で、飽食の今の人々には想像もできないことですが、米は配給制で、一人一日確か二合三勺だったと思いますが、実際には遅配、欠配が続く有様で、粟や稗など小鳥や家畜の餌のような物や、カロリーは確かにあるが、主食にならない砂糖さえ配給になった時のことです。十二世片岡仁左衛門は、十五世市村羽左衛門が女房役として関西歌舞伎から呼び寄せた女形で、美貌ではあったがどこか冷たい感じのする役者でした。これは性格から滲み出ていたのか分りませんが、この食糧難の時代に、弟子に配給された米を自分達家族に取り上げ、弟子には甘藷などの代用食ばかり食べさせていたそうです。食べ物の怨みは怖いと言われますが、一家全員が弟子に鉈で惨殺されてしまったのです。当時はガスがほんの少時間しか出ず、薪を使用していたので、大抵の家に鉈があったのです。
 昭和四十一年、八世市川団蔵は、一世一代の引退興行の後、四国の金毘羅様にお参りした帰途瀬戸内海に投身自殺をしました。渋い脇役として知られた団蔵は、自殺する理由も遺書もなく、全く理解出来ないことでした。
 博学で知られ、また食通としても知られた八世坂東三津五郎は、河豚の肝の食べ過ぎで中毒死しました。昭和三十一年のことです。
 七世沢村宗十郎は巡業先の姫路で、忠臣蔵の勘平役を終えて楽屋に戻った直後、扮装のままで急死しました。五世片岡市蔵は、酒に酔って地下鉄のプラットホームから線路上に落ち、電車に轢かれて亡くなりました。(本年五月、長子十蔵が六世市蔵を襲名しました)
 立役の家系ながら時々女形もするSIは、十八歳の時に六才年上の女性に子供を産ませました。もう一人のSIが昨年三月にやはり女の子が出来たのは記憶に新しいと思います。役者の艶話は珍しくありませんが、二人が揃いも揃って妊娠に無防備であったのは有名人の心構えに欠けていたと云えましょう。
 亡くなった方々のことばかりを書きましたので、現役のこの若い二人のオメデタ話(?)で締め括らせていただきます。

 

このWebに記載されている全てのコンテンツ(文章、画像)の著作権は、
シルバーヴィラ向山と情報提供者に帰属します。許可なくほかに転用することを禁じます。