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『月の前の砧は
夜寒と告ぐる雲井の雁は、
琴柱(ことじ)にうつして面白や』
これは山田流筝曲「岡康砧」前歌の詞章であるが、手事を含めて曲全体が衣を打つ砧の音と、雁の声を音楽的に捉えて巧みに表現されており人気曲の一つで、よく演奏されている。
砧は、衣板の約で、中国をはじめ東アジアに共通して存在する衣打ちの道具であった。
その衣を打つ目的は衣のツヤ出しと汚れ落しで、専ら主婦の夜なべ仕事とされており、その音は遠音の響く秋の夜などには印象的に響いて聞こえ、その単調な中に時として変化を持つリズムは、人々の感興を強く誘うものであった。一方、砧を文芸的主題とする曲の源流となるものは能の「砧」であろう。それは世阿弥作によるもので、都へ出たきり長年帰らぬ夫を慕う妻が砧を打って心を慰めるが、待ち焦がれて、ついにはかなくなってしまい、死後まで妄執に苦しむというものである。
この能の「砧」を三味線音楽化した曲として、初世河東の河東節「きぬた」があり、さらに四世河東の「常盤の声」もこの能の「砧」の系列であるが、能が囃子の鼓で砧の音を暗示するのに対して、これらの曲では勿論三味線で暗示しており、これらはすべて砧にまつわる物語の音楽芸能化に目的をおいている。
もっと直接的に砧そのものを文芸的主題としたものに、地歌の「打盤」と「横槌」がある。京都の幾山検校の作曲で「打盤」は砧の板、「横槌」は打棒であって両者セットで「砧」となる。
この地歌曲の詞章はそれぞれ砧の板なり棒なりに寄せて恋の心を述べたものである。
以上のように、まるまる砧を主題としていなくても部分的に砧なり衣を打つということが含まれている曲は特に地歌・筝曲に多く、これらを含む句のあとの間奏部がたいていこの砧を器楽的に表現したものとなっている。
一例を挙げれば地歌では幾山検校作曲の「萩の露」などで、『独り寝になく侘しさを夜半に砧の打ち添えて』とあり、山田流筝曲では中能島検校松声と三世山木検校太賀一の「松風」が有名で『潮馴れ衣袖寒み、砧の音も恨みなり』となる。その他山登松齢「四季の遊び」の『わけつつ遊ぶ二度の月、賎が砧の音澄みて』、「千代の寿」の『松風通う琴の音の調べゆかしき遠砧』等がある。
また「衣を打つ」という語句が入るものとしては「八重衣」があり、その語句を含む部分全体がすなわち砧を主題とする和歌であり、そのあとがこの曲の中心の手事である点で、最も代表的といえよう。
『きりぎりす鳴くや霜夜の狭筵(さむしろ)に、故里寒く衣打つなり』のあとの手事三段があるが、これこそ「砧の手事」といってもよい性格のものである。最後に挙げる、光崎検校作曲による「五段砧」は、平調子の本手に繊細な本雲井調子の替手を付けて、重奏曲として最も洗練された砧物としての究極の姿を示したものと言えよう。
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