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70歳以上の機関誌「銀杏」
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  歌舞伎の紹介 歌舞伎十二ヶ月
 
 
志摩 淳一(83才)
 
     

 その月にちなんだ芝居を選んで、しばらくの間連載させて戴きます。
 一月は初春に相応しい「寿曽我対面」、二月は節分にちなんだ「三人吉三巴白浪」、三月は冴え返る春の「忍逢春雪解」三千歳と直侍の大口屋寮の場を選びました。
 さて「寿曽我対面」は、華やかな舞台で、劇の大筋は、曽我十郎と五郎の兄弟が、小林朝比奈(配役の都合により朝比奈妹舞鶴)の手引きにより父の仇工藤祐経に対面して、後日富士の裾野の狩場で、工藤が仇討に応じるというものです。戦前の最高の舞台は、工藤を五世中村歌右衛門、十郎を十五世市村羽左衛門、五郎を六世尾上菊五郎が演じたものではないかと思いますが、残念ながら私は観ておりません。この芝居は、各役の見本を全部揃えたような芝居で、座頭役者の立役、立女形、若女形、若衆、道化役など全部が必要なので、大一座でないと上演できないので、正月に上演されることが多いのです。現在上演されている演出は、明治三十六年に、九世団十郎が工藤を勤め、六世梅幸を襲名した尾上栄三郎が十郎を、六世菊五郎を襲名した尾上丑之助が五郎を勤めた時の演出が決定版として今日に伝わっているとのことです。
 二月の「三人吉三」は、和尚、お坊、お嬢の三人吉三が大川端で揃い、お嬢吉三が夜鷹のおとせから百両の金を奪い、おとせを川に突き落として、あの有名な「月も朧に白魚のかがりも霞む春の空……」の名台詞を歌い上げる場面で、その時に陰から「おん厄払いましょうか厄落し」の声が聞こえて、節分の夜であることがはっきりと分かるのです。それにしても、当時は大川、即ち隅田川で白魚が獲れたというのは隔世の感がありますね。この場面は、「三人吉三廓初買」の一場面ですが、単独で上演されることが多く浅草公会堂の若手歌舞伎でも、中村勘太郎、中村七之助、中村獅童、市川男女蔵らが演じております。しかし毎度のことながら十五世市村羽左衛門のお嬢吉三は得意な役で、現在も販売されているCDでは、和尚を七世松本幸四郎、お坊を十三世守田勘弥が勤めています。しかしこの芝居の全体の筋は暗い場面が多く、畜生道のことなどあり、結末は暗澹たるものがあります。またこの芝居は黙阿弥の最後の作品です。
 三月の「忍逢春雪解」は明治十四年に上演された「天衣紛上野初花」の一部で、直次郎と三千歳との恋愛を描いた部分で、悪事をして追い詰められた直次郎が、最後の別れに、三千歳のいる大口屋の寮に逢いに来る場面。黙阿弥の作詞による清元の艶麗な曲により、二人の別れを見せる場面で、若い二人の新造が色を添えています。この直次郎も十五世羽左衛門の得意な役で、昭和十六年頃に十二世片岡仁左衛門の三千歳で上演した時には、二人の新造を当時の訥升(後の八世沢村宗十郎)と芦燕(後の十四世仁左衛門)が勤めましたが、二人とも若くて美しく色気のある人なので、三千歳よりもそちらに目が行ってしまう感じだったことが思い出されます。

     
 
  邦楽 地唄筝曲篇「雪」
 
龍田 武二(78才)
 
     

 『花も雪もはらえば清き袂(たもと)かな。ほんに昔の昔の事よ。我が待つ人も吾(われ)を待ちけん』
 これは地唄「雪」の歌い始めにあるところで、曲名は「雪」となっているが、雪そのものを歌っているのではなく、歌詞の冒頭の「花も雪もはらえば清き袂かな」という俳句から「雪」と名付けられた様である。
 大阪南地(なんち)の李石(りせき)という女性が恋する相手に捨てられて遂には出家して尼になり孤独のなかにも悟りを開いて昔の自分の姿「つれなかった男に思いを寄せ、夜を明かして待ち続けたこともあった」時のことなどを回想しながら、今は仏門にあって清浄で心安らかな心情をしみじみと述懐しているのが、この曲の内容である。煩わしい恋のしがらみから抜け出て、ようやく悟りの境地に達したという意味で、「花も雪も払えば」の句をもってきたのであるが、悟ったとは言え、そこはさすがに女心の優艶な情緒を見事にかもし出している。
 作詞は、地唄約四十曲を作ったといわれる流石庵羽積(りゅうせきあんはづみ)によるもので、作曲者峰崎勾当(こうとう)の優れた作曲(十八世紀末)と相俟って地唄の唄物として、代表曲となっており、また地唄舞の世界でも大事な演目で、第一級の名曲と云われている。通常演奏される場合、三絃独奏をはじめ、三絃と胡弓又は琴との合奏、或いは三絃中心に琴、胡弓又は琴、尺八という組合せで三曲合奏など様々な演奏形態がある。
 地唄舞と云えば、あの舞の名手武原はんの優雅な舞姿とそれにぴったりと意気の合った、関西系地唄の富崎春升(しゅんしょう)並びに富山清琴(せいきん)両師の地唄三味線の重厚にして余韻のある響きが甚だ印象的である。
 曲中に「心も遠き夜半(よは)の鐘」という詞章があるが、このあとに長くて美しい旋律の合の手があり、その始めの部分は本来鐘の音を暗示した三味線の手である。
この部分はその旋律があまりにも素晴らしいために「合の手」自身が独立して「雪の手」(雪の合方)と呼ばれ、地唄以外の他種目の三味線音楽に於いて採り容れられ、寒い冬の夜、特に雪や寒さを表わす場面に度々使われて来た。
 例えば清元の「忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)」、通称「三千歳」において、片岡直次郎がしんしんと降り積もる雪の入谷の寮に忍んで、情婦三千歳に逢う場面や、新内の「明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」に於ける浦里雪責めの段などが有名である。

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