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70歳以上の機関誌「銀杏」
特別企画「若い世代に伝えたい一言」
 
  新春号に引き続いて、激動の明治、大正、昭和、平成を生き貫いて来られた方々にご寄稿いただきました。  
     
 
 明日の事は解らない
 
 
岩瀬 龍子(八十八才)
 
     

いつも静かな岩瀬龍子様 父は早くから京城(ソウル)の近くで農場を経営していました。それは第一次世界大戦が始まる前ですから、私も向こうで生まれました。父は随分沢山の朝鮮人を雇っていました。
 そんな生活は、日本の敗戦で掌を返したように様変わりいたしました。日本人に対する恨みが爆発しました。随分ひどい仕打ちに遭いました。でも父は、雇い人にはいつも優しくしていましたから、雇い人が私達を守ってくれました。彼らは「アイゴー・アイゴー・オボジアイゴ」といって泣いてくれました。
内地に帰るのは大変でした。父はどこかに連れて行かれ、私と赤ん坊の娘の二人旅です。着の身着のままです。お金は大人一人千円、赤ん坊は七百円しか持たされません。それでも、釜山までは比較的楽に行くことが出来ましたが、そこからなかなか船が出ません。どのくらい待ちましたか、やっとの思いで船に乗せてもらいましたが、満員で私達はトイレの中に座りました。船がゆれるたびにチャッポン、チャッポンと汚物が頭にかかります。関釜連絡船ですから、下関まで当時でも八時間もあればよかったのですが、三十六時間かかりました。周りには機雷がいっぱい浮いていて、小さなランチで調べての航海でした。船の中では真水が少ないですから、お風呂などは入れませんし、オムツを洗うのも海水で洗いましたから、べたべたして赤ん坊はむずがりました。お乳も出ませんから、栄養失調でいつ死ぬかもしれないと思っていましたが娘は寿命があって、命を永らえました。

 

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