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私は大正六年山形県下小国町というところの貧農の四男坊としてこの世に生をうけ、昭和十二年七月、日中戦争の最中に徴兵検査で甲種合格となり、翌年山形歩兵三十二連隊に入隊しましたが、戦時下の歩兵という兵種は、常時最前線に出ているため、消耗率が非常に高いので、入隊して三か月後に各兵科に志願出来ることを利用し、戦闘には全く関係しない憲兵を志願して幸い合格しました。その結果満洲チチハル憲兵隊に派遣されたのです。 その後の任務は、隣国ソ連の、レーニン等による共産革命に反対して満洲に亡命した白系ロシア人と接触して、ソ連の現状、特に国民の経済状態や、今後経済不況に伴う亡命者の増大などについて調査することでした。
こうした任務についていた関係で、敗戦時にシベリアに抑留され、大変な厳しい経験をすることになりました。 ようやく帰国出来るという時になって、不幸にも帰国取り消しとなった人が、港で泣き叫んだ有様は、いまだに忘れられません。
あのつらい抑留生活にも耐えた健康な体に恵まれ、平和な日常を過ごせることを感謝している次第です。
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