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最近わが国と中韓両国の間で不愉快な事件が相次いで起こっています。本音を言えば、この両国とはお付き合いをしたくない気分です。誰でも自分にとって、自国にとって不愉快なことは思い出したくないでしょう。それなら相手国の国民が不愉快になるようなことを居丈高に叫ばない方がお互いのためではないでしょうか。
世の中に戦争ほど無駄なことはありません。私でさえ六十年前の八月十五日に、いつか必ず米国に復讐しようと思いました。しかしその後復讐ほどばかげたことはないと思うようになりました。若い人の中には、昔日本がアメリカと戦争をしたことを知らない人がいるそうです。歴史を知らないのはよくないが「臥薪嘗胆」などと考えるよりはよいことです。
私は昭和三年に生まれてから昭和十二年に東京に転居するまで中国東北部(旧満州国)の安東(現遼寧省丹東)で幼少時代を過ごしました。今でも記憶していますが、私たち小学生は鴨緑江を渡って対岸の朝鮮半島に植樹につれて行かれました。「朝鮮の山は禿げ山ばかりだ。山に木を植えなければいけない」と先生に言い聞かされた覚えがあります。かつて韓国で日本人が木を切ったといわれたようですが、向こうの人が何でも悪いことは日本人のせいだと思っているとしたら残念です。
北朝鮮にも旧満州にも、当時日本は最新鋭の工場を建設しました。満鮮国境の水豊水力発電所は当時としては画期的な大発電所でした。また北朝鮮には巨大な化学工場が建設されていました。これらの設備は全て日本のものではなくなり、これらの設備を建設し、管理していた日本人が大勢殺されています。私がかつて勤務していた王子製紙も満州・朝鮮に多くの工場を持っていました。報復のために現地で殺された方が王子製紙だけでも大勢おられました。
今多数の日本企業が中国に進出しています。中国は十三億の人口を抱え、世界の工場と呼ばれ、巨大な市場でもあります。しかし決して伝統的に親日的な国ではないこと、専制政治で政府の考えが変われば制度もあっという間に変わるのがこの国の実態であることは最近の事件で明らかになっています。中国に投資を偏らせると、いつか全財産を残して逃げ出す日が来る恐れがあると私は思っています。
中国共産党はかつて国民政府と何度も和解したり戦ったりして、最後には国民政府を追い出して本土を統一しました。中国共産党の歴史は粛正の連続で、旧ソ連とも蜜月時代があったと思えば、国境を挟んで戦ったこともありました。ベトナムを助けて米国と戦ったと思えば、その後ベトナムを侵略したこともあります。国内では大躍進運動があったり、文化大革命があったり、チベットの弾圧があったり、その度に夥しい血が流されています。
わが国の不幸は隣国に中韓両国という反日・嫌日国家が存在することです。両国との長い不幸な歴史を忘れず、戦略的な微笑外交にだまされないようにしましょう。
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