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70歳以上の機関誌「銀杏」
創生苑のお正月点描  
 
 
  歌舞伎篇 歌舞伎十二ヶ月(新)四月〜六月
 
 
志摩 淳一(八十四才)
 
     

 四月は、ロミオとジュリエットの日本版とも云える「妹背山婦女庭訓」の吉野川・山の段を取り上げました。吉野川を挟んで、左側に雛鳥、右側に久我之助の家があり、川の上流まで満開の桜が続いており、華やかな舞台ですが、此処で悲劇が起きるとは思いもよらない芝居です。この芝居の初演は名和八年一月の竹本座で、作者は近松半二、松田ばく、栄善平、近松東南とありますが、殆ど半二の執筆と見られます。舞台には両花道が使われて、二人の親、久我之助の父の大判事と雛鳥の母の定高とが揚幕から同時に出て来て、花道の七三のところで二人の台詞が続きます。二人は領地のことで争っている間柄なのです。しかし、蘇我入鹿の「雛鳥を入内させよ」との難題に直面して、大判事は息子に自害させ、定高は娘の首を切って久我之助に首の嫁入りをさせて和解するというストーリーです。
四月に選んだのは劇中に「柏の若葉……」という台詞があるので、桜が咲いていても、柏の若葉が出るのは四月の方が良いと判断したからです。
 五月は「源氏店」の「与話情浮名横櫛」にしました。この芝居は特に五月という訳はありませんが、舞台の雰囲気から五月か六月が良いと思いましたが、六月にふさわしい芝居があるので、五月を選びました。ストーリーは皆様ご存知なので省きます。この芝居の主人公は与三郎とお富ですが、与三郎は戦前には十五世羽左衛門の独占で、お富は六世梅幸でしたが、梅幸が亡くなってからは十二世仁左衛門が関西から呼ばれてお富をやっておりました。若手では十四世勘弥が与三郎をやっていました。勘弥はミニ羽左衛門と云われていた役者でしたが、戦後は海老蔵のちの十一世団十郎が羽左衛門の役を次々と演じることになりました。現在では十五世仁左衛門と玉三郎のコンビが良いと思います。
 六月には忠臣蔵の六段目を選びました。その理由は六段目のお軽の父親の与市兵衛の命日が六月二十九日だからです。この場面のストーリーは、お軽が祇園の一力に売られるところで、お軽の母親のおかやが与市兵衛が戻らないのを心配しており、そこに勘平が帰って来る。猟師達が与市兵衛の遺骸を運んで来るので、勘平は山崎街道で与市兵衛を猪と間違えて鉄砲で撃ち殺したと思って切腹しますが、実は与市兵衛を殺したのは斧定九郎で、それが分かるのは切腹の後だったという悲劇です。

 

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