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七月は、修善寺物語と致しました。これは原作のト書きに文久元年七月十八日とありますので、旧暦ではありますがそう致しました。初演は明治四十四年五月の明治座で、作者は岡本綺堂です。初演の配役は、夜叉王が二世左団次、桂が寿美蔵(後の寿海)、 楓が二世松蔦、春彦が市十郎、頼家が十五世羽左衛門、下田五郎が初世又五郎、 金窪兵衛尉が二世荒二郎、僧が左升でした。ストーリーは頼家が、自分の顔を面として作るように面作り師夜叉王に頼んでも中々出来ず、催促のために夜叉王の所へ直々参りましたが、夜叉王がまだ満足する作品が出来ないので献上出来ないというので、頼家が怒って刀に手をかけるので、娘の桂が昨夜出来た面を持ち出したところ、頼家は満足して受け取り、桂に奉公するように命じます。桂は喜んでその面を持って頼家に従って行きます
そしてその晩、頼家は鎌倉方の手によって殺されます。夜叉王は「満足する作品が出来ないと献上しなかったのは作品に死相が出ていたためで、さては自分の作品に頼家の運命が現われていたのか」と満足して喜びます。桂はその面をつけて頼家の身代わりとして戦いますが、瀕死の怪我を負って家に戻り、そこで息を引き取ります。
初世吉右衛門はこの夜叉王の役をしたかったのですが、三宅周太郎の反対により演じませんでした。
八月は「縮屋新助」です。縮(ちじみ)は越後縮として越後で生産されておりました。この芝居の初演は万延元年七月に市村座で、黙阿弥の作で四世小団次の新助、岩井粂三郎の美代吉により演じられ、江戸下町の庶民の生活を生き生きと描き、越後の田舎者がふとしたことから深川の芸者、美代吉に惚れこみ、美代吉には情夫があるので、愛想づかしをされたところから、偶然手にした妖刀・村正で美代吉を殺してから後に、美代吉が五才の時に別れた妹と分かり、その刀で自殺するという筋にお家騒動などがからむ複雑な芝居です。それまで中村座と河原崎座とにはさまれて不況をかこっていた市村座が、この芝居の初演で大当たりをとり、他の二座が不入りとなったのですが、八月二十八日に三座とも類焼したと云う因縁ものの芝居です。戦前は初世吉右衛門の得意芸でしたが、吉右衛門の没後は女婿の幸四郎が継いでおります。
九月には「網模様灯籠菊桐」(あみもようとうろのきくきり)を選びました。ストーリーは川の土手で、落雷のため気を失った奥女中の滝川を、中間、実は巾着切りの小猿七之助が、無理矢理にくどいて、手込めにすると、突然変わる女心。幕末期の現世的、享楽的、刹那的な世相・人心を反映したこの芝居は、戦前は大幅に核心場面をカットされていた、黙阿弥の作品の中で、最も濃厚な愛欲情痴の世界を描いたもので、初演は寛政四年七月でした。最近では十一世団十郎、寿海、十二世団十郎等によって上演されています。
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