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「さらし」『槇の島にはさらす麻布、賤が仕業は宇治川の波か雪かと白妙にいざ立ち出て布さらそ。合、鵲(かささぎ)の渡せる橋の霜よりもさらせる布に白みあり候(そろ)。』合次に宇治一帯の名所を数々うたい込み、さらに鮮やかで歯切れよいテンポの手事が続き、後歌は『所柄とてな、布を手ごとに槇の里人打ち連れて戻ろうやれ賤が家へ。』で結びとなる。
「槇の島」は宇治川の西側にあって、古来この島の里人が布ざらしを業としていたことが知られそれを「賤が仕業」と云っているのである。この布ざらしは多くの歌にも詠まれて来た。
この「さらし」を元禄以前北沢勾当が三絃曲として作ったのが原曲で、享保以後深草検校の手事物としさらに技巧的な曲に編曲されて三味線の「早ざらし」や、山田流筝曲の「新ざらし」に発展してゆくのである。もともと三絃手事曲は筝が替手を分担すれば地歌というよりは筝曲となるのであるが、京都では「さらし」の場合三絃手事物としての性格が強く、江戸の山田流に至って初めて筝曲化が盛んになり本来三絃が奏すべき旋律を筝が分担するという「地歌三絃曲の山田流筝曲化」という流れとなり同時に三絃の手付けにも山田流独自の変奏度の強い手が作られていったのである。現在の中能島家に伝わる秘曲に「新ざらし」があるが、これは一応完成した形のもので、演奏に当っては筝を今井慶松が、三絃を中能島欣一が分担している。
「小簾の戸」(こすのと)スダレの戸という意味で、あまり露わに見せたくないスダレ越しにぼかしておきたいような恋心の表現を、またその情景を扱っているがために、これを曲名に持って来たものと思われる。『萍(うきくさ)は思案のほかの誘う水、恋が浮世か、浮世が恋か、ちょっと聞きたい松の風。合。『問へど答へも山ほととぎす、月やはもののやるせなき『癪(しゃく)に嬉しき男の力、じっと手に手を何も言わず二人してつる蚊帳の紐。「萍は思案のほかの誘う水」という冒頭の歌詞は由平という人の発句から取ったと云われる。恋は思案の外、ふとしたことが縁となり、二人が結ばれるということを婉曲に粋な文句で表現している。女の癪という発作的な病が取り持つ縁で、男の親切な手をじっと握りしめ二人して蚊帳をつるという情景を瞬間的に描写し、夏の夜の風情あふれる空気を漂わせて結びとなる。
この曲の作曲は大阪の峰崎勾当で、作詞は大阪島の内でも比類なき美貌の芸妓首(くび)しのぶと伝えられ、特に首が美しかったのでそのように呼ばれたという。
演奏の場合、胡弓が添えられることで、一層濃密な気配が強調されるようであり、生田流では古くから人気の高い曲として伝承され、地歌小曲の代表的名品と云われている。
なお、歌舞伎の下座や端唄などの世界にも広く転用されているそうである。
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