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「喜撰」は「六歌仙容彩」の六人の歌人の中の一人である喜撰法師のことである。歌舞伎では他の歌人のものとは別に、独立して上演されることの多い人気舞踊である。他の部分とは異なり、清元と長唄の掛け合いで、太鼓も入って、賑やかな曲で、他のものと比べて私が一番好きなものである。
私の観た法師では、七代目坂東三津五郎が何と云っても最高である。勿論踊りにかけては六代目尾上菊五郎と並ぶ名人であるから当然ではあるが、その洒脱味は演技と云うよりも、体から自然に湧き出て来るもので、春風駘蕩としたものである。
六代目のは、やはり演技としてのものであったと思う。六代目が得意とした世話物の写実味が、この場合にはかえって邪魔になっていたと思う。
例えば、六代目が得意とした「髪結新三」では、七代目三津五郎は車力善八の役でよく付き合っていたが、これもその役が彼の人柄に合っていたからだと思う。役としては大した役ではないが、彼にはぴったりとした役だったと思う。
七代目の没後、色々な役者が演じているが、七代目に及ぶ役者は一人もいないと云っても決して過言ではないと思う。平成十五年十月には、歌舞伎座で富十郎が雀右衛門の祇園のお梶を相手に喜撰を演じた。雀右衛門のお梶は文句なしに当代随一のお梶だが、富十郎は舞踊の名手だが、期待ほどではなく、私には当代三津五郎の方がニンにあうように思われた。たしか昭和十七年九月だったと思うが、歌舞伎座では六代目菊五郎が、東劇では猿之助、後の猿翁が、共に六歌仙を通しで上演したが、猿之助も踊りでは黒塚や小鍛冶など傑作を残した人で、踊りには定評があったが、六代目とは異なる踊りの才能で、この場合にも達者ではあったが、六代目の方には何となく品位が感じられたと思っている。猿之助に品位がないとは云わないが、猿之助は弥次喜多などの喜劇も演じて大衆的な人気もあったので、やはり何となくそれが滲み出ていたためだと思う。喜撰の最後に迎えに来る坊主達はなるべく若い役者を多く出してほしい。若い役者の坊主にはやはり何となく色気があるからである。
「保名」は三代目菊五郎が、七変化もののうちの春の部分として、初演したものだが、それが後日独立して演じられていたが、長らく絶えていたものを、九代目団十郎が復活して、これを五代目菊五郎を通じて六代目菊五郎が、洗練を重ね、さらに新演出を加えて、今日に及んでいるもので、六代目の後では、六代目の元で若い時に修業をした芝翫がこれを踏襲しているが、六代目の他にも七代目宗十郎が古風な演出で上演したこともあった。六代目歌右衛門も演じたことがあるが、あまりにも女形の域を脱することが出来なくて、いただけないものであった。
花道に菜の花もある保名かな
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