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「保名」 文政元年(一八一八)都座の三月狂言大切に「深山桜及兼枝振」(みやまのはなとどかぬえだぶり)という名代で上演された中の清元節を地にした「小袖物狂い」のことで、通称「保名」と呼ばれ清元節では初期の頃の作品であるが、今も名曲の一つとして歓迎されている。篠田金治の作で。初代清元斎兵衛が作曲したものである。
時は平安中期、「安倍保名」は津ノ国阿倍野あたりで落ちぶれていたが、祖先はあの遣唐使安倍仲麻呂ともいわれ、何とか御家再興をと願って都に上り、天文博士陰陽頭「加茂保憲」に弟子入りが叶って瞬く間に筆頭弟子となる。
保名はやがて師の娘「榊の前」と恋に落ち、幸せな日々を過していたが、いつまでもそれは続かず、対立する陰陽師や「榊の前」の継母らの企みによって「榊の前」は自害してしまう。
悲嘆のあまりに心乱れて正気を失った保名は今は形見となった恋人「榊の前」の小袖を抱きしめながら、菜種花咲く春の野辺を狂ったようにさまとい歩くというものである。
『恋よ恋われ中空になすな恋』『恋風が来ては袂にかいもつれ、思う中をば吹き分くる』の語り出しに連れて、紫の病鉢巻に長袴姿の美男子がなまめかしい女物の小袖を抱く姿に可愛らしい蝶々が飛び交う春の野辺という何とも幻想的な美の世界をつくり上げてゆく。
この曲では最後の保名の物狂いの部分のみを取り上げて、春の野辺を背景にその哀しみを一層格調高くうたいあげているのである。
「喜撰」 天保二年(一八三一)中村座の三月狂言に二代目清元延寿太夫、三味線斎兵衛の出語りで上演された本名題は「六歌仙容彩」(ろっかせんすがたのいろどり)という。
六歌仙とは平安時代の六人のすぐれた歌人で、僧正遍正、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主のことであるが、この曲では喜撰法師を取り上げて、平安朝の高貴な六歌仙の一人に江戸時代の俗な遊びをさせるという時代錯誤がこの曲の狙いである。
『愚僧が住家は京の辰巳、世を宇治山とや人は云うなり』と詞章の中程にあるように、喜撰法師は山城の宇治山麓に住んでいて、仙人の生活をしていたと言い伝えられている。
場面はと云えば、祇園の桜木を中心に、京の桜花満開の山々を背景として桜の小枝をかたげた喜撰法師が茶汲女のお梶らを相手におどけた色恋の振りなどを見せて踊りぬいていると、そこへ寺から坊さん達が迎えに来て、また「住吉踊り」を踊るというものである。
喜撰の曲にはワキ役として茶汲女たちが、また終り頃にはお迎えの坊主も出るという賑やかさで宇治山の仙人暮しとはおよそ対照的につくられている。
以上二曲の清元に関し、甚だ印象深いのは、「保名」の浄瑠璃では、清元志津太夫の稀なる美声と絶妙の節回し、それに高僧のしゃれた雰囲気を出しながら「喜撰」を踊った七代目坂東三津五郎の実に軽妙な身のこなしである。
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