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70歳以上の機関誌「銀杏」
「アプランドル・シルバーヴィラと私」
     
 
  
 
 
小島 静
 
     

 火曜日午後の太極拳と日曜日の讃美歌(特にハンドベル)英会話に参加させてもらっている 小島 静(こじま しずか)と申します。
 発音が同じ名前を持つ荒川静香選手が、オリンピックの金メダリストになりました。
 彼女の演技の美しさと伸びやかさには、心底感動しました。 未だ青春を謳歌し尽していない気分を持て余していた頃の自分と引き換えその当時の自分と同じ年格好の彼女が、地に足をつけ、堂々と美しく花咲かせた、研鑽の賜物を世界に向けてアピールしている姿にリアルタイムで立ち会ったのは思いがけない幸運でした。
 誰もが味わえる達成感ではないけれども、ひとごとながら幸せを感じました。 夢多き青春時代とはよく言ったものです。
 さて、当年とって「なんと還暦ツ!!」の私が皆様とご一緒させて頂くようになった由来などをこの機会に明らかにしたいと思います。
 1946年3月に大阪の地で、父四十五才母四十才、戦後の混乱のさなかに五男三女の末子として生を受けました。ちなみに長兄との年の差はなんと二十二才。「食糧難が何よりも重く日々の生活にのしかかっていた」と耳が痛くなるほど聞きながら育った世代というとお分り頂けるかと思います。父の転勤で現在の住所(練馬区春日町)に移り、私の学校生活が始まった1952年頃にはそれほどの窮乏を感じることはなくなっていました。フーン、フーンと聞き流して、思い切り飛び跳ねて、存分に楽しみ、勉学と運動に励んで成長しました。 「お転婆」という言葉は私のためにあると言われ、何が悪いと言い返しながらの青春時代でした。運動は誰にでも必要なことですが私にはどうやら大変重要なことであったようで、物心ついた頃から、走り回って泥だらけになり、母に厄介を掛けていましたが、その代わり、中学時代には自分の洗濯物は自分でやるという、子供の手本のような一面もあったようです。これは兄や姉のいうことで、自分では特に決心してしたことではありません。でも、高校・大学と進み、就職する頃には欲得も考えて行動する一人の成人となってしまいました。 残念なことです。それでもヤンチャ根性は健在で、結構、人の経験しないことに挑戦しています。 ただ家族への思いは理屈ぬきに強いようで、父を二十五年前に亡くし、十六年前に母、三年前に姉を亡くして一人きりになり、ただ呆然として、おろおろと何もまともに手につかない状態に陥りました。 暫くは仕事を続けている風を装っていましたが、 それも荷が重くて、二年前にやめてしまいました。一人住まいが悪いのかと思って、アプランドルに飛び込んだのがその一、二ケ月後のことです。 それをきっかけに皆様と楽しい時をご一緒させて頂いています。
 バスケと水泳に始まった運動歴は中学時代にさかのぼりますが、太極拳歴は一九九二年からで、今でも週一回自分の練習のために江古田に出かけています。 このほかに、日本泳法の稽古に週一回、普通の近代泳法にもう一回とお転婆おばさんをめざしています。 バスケはもう無理で、TV観戦が精一杯です。 今流行のサッカーとは動きに通ずるところがあるので、結構TV観戦しています。
 これからも、皆様のお仲間に加えて頂いて、大いに楽しい思いを分かちあうことが出来れば嬉しい限りです。どうぞ宜しくお引き回し下さい。

 

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