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70歳以上の機関誌「銀杏」
《特別企画》 祖母のいるホーム
 

 ご入居者の前田加津子様のお孫様である矢野雄介様(早稲田大学人間科学部一年生)が、「職業社会学」授業の調査実習対象として、御祖母様のおられるシルバーヴィラ向山を選ばれて、岩城隆就社長にインタビューされてまとめられたレポートをご紹介します。なお、このレポートは、産業社会学研究室の「職業社会学」調査実習として約60あるレポートの中から、優秀作品として選ばれています。

サービスという新しい福祉の姿

面接対象者:岩城隆就(鰍ウんわ代表取締役)
面接日時 :2006年6月1日
面接場所 :シルバーヴィラ向山
面接者  :矢野雄介(一年)
記録作成者:矢野雄介(一年)
記録作成日:2006年6月17日

プロフィール

 1951年、東京都生まれ。北海道大学工学部卒業。1974年〜1991年まで三菱商事本社、ロンドン勤務。現在は有料老人ホーム「シルバーヴィラ向山」および多世代型住宅「アプランドル向山」等を運営する鰍ウんわ代表取締役。また「福祉社会研究所」理事、「楽しい高齢社会を作る会」事務局長、社会福祉士でもある。

 
     
 
  
 
     

前田加津子様(右)とお孫様の矢野雄介様サービス業であるという理念

 サービス業ですから、入居している方は「お客様」すなわち「○○様」なんですね。1981年に「シルバーヴィラ向山」がオープンされた当時、福祉とは「措置」されて与えられるものでした。「措置」というのは行政処分です。老人ホームへの入所を措置されるというのは、自由意思ではなく「入所を命じる」という行政命令で"処分"されていたわけです。この「措置」の考え方が「契約」に変わったのは、つい最近の2000年なのです。福祉とは恩恵として与えられる(=下される)ものと当然の様に考えられていた時代にサービス業の概念を持ち込んだものですから、当時は新聞にも「老人をお客様扱いする」と驚きをもって記事にされたほどです。
 法律1)の概念は変わりましたが、いまでも行政の方は「お客様」とは呼びません。「ご利用者」と呼んでいます。「措置」の時代は上から見下ろしていたけど、「契約」になったのだから「対等」だというわけなのでしょう。よく「目線を同じにして・・・」などという表現を行政職の方はされますが、サービス業では「お客様は神様」ですから、同じ目線であるはずがありません。われわれにすれば、お客様とは当然に見上げる存在です。
 余談ですが、われわれ国民側の問題として、「措置」の時代が長く続いたせいか「福祉」とは上から下されるという考えが染みこんでしまい「福祉はもらうもの(=無料)」と思い込んでいる人が多い様に思われます。救急車をタクシー代わりに使うなんていうのはそのいい例です。福祉がサービス業であるなら福祉とは買うべきものなのです。少なくとも、そうした福祉サービスには多額の社会的コストが掛かっていることをわれわれも自覚すべきですね。社会保障給付費はどんどん増え続け、今では国家予算額をも大きく越えてしまいました。

自由であること

 最もたいせつにしていることの一つが、ここは「家庭」であるということです。160LDKの一軒家なのです。だから、自由であり、細かい規則はありません。「家庭」ですから当然です。規則を作ればその枠にはめようとします。つまり規範のなかに入れようとするんです。そうするとその規則から逸脱する人を怒ったり、枠内に戻そうと努力することになります。この管理労力も案外馬鹿になりません。一方で、はめ込まれると人間はストレスが溜まるものです。ストレスは精神衛生上よろしくありませんよね。過度のストレスは認知症だって引き起こします。従って、「自由」という方針を持って運営しているのです。

「常識」というルール

では何でもやっていいと放任してしまうと無政府状態(=無法地帯)になってしまうのかいうと、実はそうはならないのです。社会というものは、放っておいてもある一定の方向に進もうとするものなので。つまりあるコンセンサスが自律的にできあがってくるものなのです。人間は社会性のある動物ですから、誰も無政府状態を望んだりはしないものです。だから結局は、「常識」が社会のルールとして自然と落ち着いてきます。だから心配することは無いのです。「常識」という点では認知症のお客様でもそうでないお客様でも同じです。認知症のお客様は、「別世界」に行ってしまわれた異次元の方と思われるかも知れませんが、決してそんなことはありません。事実認識でのズレはあるかも知れませんが、喜怒哀楽の感情は勿論、善悪の判断など「常識」は決して損なわれていません。
 職員に対する指導についても同じです。「他人をいたわる」「お客様をたいせつにする」そうした当たり前の常識が実現されるように努力するのです。もちろん仕事をする上での技術上の指導はしますし、たいせつですが、それ以上にたいせつなことは職員一人ひとりが「自分は人間としてたいせつにされている」「自分は幸せだ」と実感できることです。
 職員であれ、お客様であれ、ホームに初めて入ってきた日よりも良い人生を送ってもらいたい、より良い人間関係を築いてもらいたいと願っています。約三分の二のお客様がここで人生の最期を迎えますが、最後に「良い人生だった」と思っていただけるようにしたいですね。そしてそれは、職員にも当てはまります。「ここで働いてよかった」と思ってもらえるような場所にしたいのです。

幸せであること

 人は、自分が不幸なときには他人に優しくできないものです。職員がお客様に思いやりをもって仕事をしてもらうには、職員がいい人生を送っていなければなりません。このことは、万物の現象と一緒だと思うのです。つまり、差があるものは何であれ均一になろうとします。人間同士でも同様で、相対的に下にいる人というのは、上にいる人の足を引っ張って相対的同一になろうとします。自分が下位なら、努力して上位に昇る努力をすればいいのですが、それができる人は希です。自分が不幸なときは、相手も不幸にしてやろうという気持ちになるのが自然なのですね。でも逆に、自分が上にいる人は、優しくなり自然と下にいる人を引っ張り上げようとするのです。だから「私は幸せだ」という実感を持ってもらうことがとても重要なのです。他者に対する優しさがなければ、われわれの仕事は「介護」でなく単なる「作業」になってしまいます。
 これは職員とお客様の間だけでなく、お客様の間においても言えます。つまり、認知症であれ、なんであれ、お客様をちゃんと一人の人間として対応することで、その方は決して非人間的な行動を起こさなくなるのです。

普通の社会を作る元旦、前田加津子様(於 本館玄関)

 うちのホームでは入居の際に面接がありません。従って、お客様とはご入居時に「初めまして」と初対面のご挨拶を申し上げることになります。なぜ面接を行わないかというと、面接者の好みがどうしてもでてしまい、結果的に偏ったお客様集団が出現してしまうからです。
 実際の社会にはいろいろな人がいます。ヤクザもいればノーベル賞をとる人もいます。落語の長屋にもご隠居がいて熊さん、八さんがいる。ご隠居だけでも熊さん、八さんだけでも長屋という社会はできないのです。つまり、その中のある一部分だけを切り取って社会を作ろうとすると、結果的に「偏った社会」ができてしまいます。さまざまな人がいてはじめて健全な社会になり得るのです。「偏った社会」は病みやすいものです。だからいわゆる問題行動等でほかの施設を追い出された方々も、ここでは「普通の社会」を構成する貴重な一員として受け入れます。もちろんその人たちには、追い出されてしまう十分な理由はありますが、そういった問題行動はここでは程なく霧消して行きますので、そういった方々の受入に不安はありません。
 実は、問題は受け入れたわれわれではなく、追い出した施設側に起きています。いわゆる問題を起こした方を追い出した施設の方々は喝采しますよね、「やっと、あの人がいなくなった!」と。その日のうちは皆大喜びでしょう。しかし問題はその翌日です。「次は誰だろう?」と不安になり始めます。そうすると、それぞれグループをつくり始めます。自分を守るためですね。やがて次の犠牲者がつくりだされます。これは学校におけるイジメと似ています。追い出した施設の「社会」は、ギスギスとした冷たいものになってしまうことは言うまでもありません。
 逆に、そういった方々を受け入れることで、当ホームのお客様は「あの人でも居られるのだから、自分がああなっても大丈夫だ」と安心されるのです。よく外来の方々から、「ここのホームの雰囲気はゆったりとして落ち着いている」と言われますが、それはこうしたことが影響しているのだと思っています。

社会との距離感

 老人ホームに入ったからといって世捨て人になった訳ではありません。人間は社会性のある動物ですから、それこそ亡くなるまで社会とは切っても切れない縁があるし、また逆に切ってはいけないと思うのです。たとえばうちの施設では、動物がいて自然に溢れる中庭側の部屋と、殺風景な道路側の部屋を選べます。どちらに人気があると思いますか?答えは道路側です。それは、殺風景でもそこには人間や車が通るからです。つまり紛れもない「社会」があるからなのです。
 仮に都心に住んでいても、歩けなくなったら簡単には外に出られなくなってしまいます。つまり「社会」が遠くなってしまうのです。だから、社会が見え、手を伸ばせば触れることができるような距離感が必要なのです。
 これまで「普通の社会」をつくると言ってきましたが、この老人ホーム内だけではどうしても年齢が偏ってしまっていますよね。そのため、ホームでは子供の習字教室やプール教室などを無料で開いています。そうすることで近所の小さい子供たちがホームにやって来てくれます。もちろん小さい子供たちですから、お母さんたちも来ます。そのほかにも外国語教室なども開き、日本人以外の方もいらっしゃいますし、来客者の方も自由に出入りできるようになっています。子供がいて、その親たちがいる、そして祖父母の世代もいる。そうすることで世代の偏りがなくなりここは「普通の社会」により近づくことができるのです。

無料のオンブズマン

 来訪者が多いと煩わしいと思っている施設の方が多いのは残念ながら事実です。道路を挟んで向かいにある中学校の生徒訪問さえ拒む施設もあります。しかもこれが公立の施設ですから驚きです。
 実際には煩わしさなど問題にならないほどの効果があるのです。お客様への効果は前に述べたとおりですが、私たちにとっても大変良い影響を与えてくれます。来訪者を受け入れることで、私たち職員は常にその方々に見られていることになります。つまり、来訪者の方々が私たちのオンブズマンになってくれるのです。しかも無料です。老人ホームは密室になりやすい場所ですから、裸の王様になってしまっても気付きにくいものなのです。人に見られることで、そうしたリスクを少なくできるわけです。そういった意味でも外の社会がホームに入ってくるということは非常に意味深くたいせつなことなのです。

現在の介護スタイル

 現在の施設介護のほとんどは、俗にマルメと呼ばれる課金方式をとっています。マルメ方式とは、ある属性(症状)の人が、何人・何日その施設に居たのかで料金が決まるというものです。つまり提供したサービス内容ではなく、人数×日数なのです。いわゆる老人病院と同じ課金方式ですね。合計何日入院していていたかで値段が決まります。医療提供が行われたか否かではありません。そういった課金方式は、特別養護老人ホームなどの介護保険施設2)のすべて、そして有料老人ホームの約93%を占めています。介護がサービスであるならば、私は負担と受益がもっと明確に見えるようにすべきです。ほとんどの所はそれが見えない。これではまるで前世紀に失敗に終わった共産世界のようなものです。どんなに努力しても、逆に全くしなくても所得は一定と言うことになります。はじめは理想に燃えてがんばっていても、努力しない人と結局は評価が同じなのですから、やがて時間の経過とともにやる気が起きなくなってしまうのです。これは職員であろうと経営者であろうと同じです。結果としてお客様も不幸になってしまいます。
 ではどうしてマルメ方式が制度化されているのか。それは行政の考え方が、「どうすれば介護の質が良くなるのか」ではなく、「どうすれば施設を管理しやすくなるのか」という点に重点を置いているからです。その視点の違いが問題だと思います。

想像力が必要

 若い世代の人が高齢者の介護をするということには、相当な想像力が要求されます。介護をする相手の年齢と自分との年齢が離れすぎているため、介護における共感が得にくいからです。
 若い世代は成長過程にありますから、上り坂を登っているようなものです。上り坂の先に見えるものは空と雲ばかりです。坂の反対側を下っている高齢者を見ることができません。従って、高齢者の状態に共感しにくいのです。私はすでに峠を越え下り坂の途中にいますので、自分の前を下って行く高齢者を見ることができます。つまり自分もああなるのだなという共感が得られやすいわけです。共感が無ければ、介護は思いやりのない「作業」になってしまいやすいものです。
 若い世代の方にも介護を担って頂きたいのですが、若い世代の人たちばかりが介護をするというのは、正直どうなのかなと思います。たとえば50代、60代の方が介護をしたほうが、共感も生まれやすいですし、また孫が祖父母を介護するよりも子が父母を介護する方が、する側にとってもされる側にとってもより自然な形です。
 しかし、そうした中高年の方が介護をするのには現在の介護保険制度では障害があります。それは「資格」の壁です。資格試験は暗記項目も多いため、中高年の方には大変なのです。記憶力の衰えもさることながら試験そのものからだいぶ遠ざかっていますから。経験・適性はあるが資格の無いためにこの分野に入ってこられない方が数多く存在しているのです。本当は50代、60代の方にこそ中心となって担っていただきたい仕事なのです。そうした点も先ほど上げた現代の介護における問題の中の一つではないでしょうか。

〈感想〉
 インタビューを通して現在の介護の問題が改めて明確になりました。またそうしたなかで今後発展していくであろうサービス業としての介護の先駆者でもある岩城隆就氏の理念を学ぶことができて、非常に勉強になりました。お忙しいなかインタビューのために予定を変更して時間を作ってくださったり、原稿の修正・加筆において熱意のあるご意見をして下さった岩城氏には、非常に感謝しています。本当にありがとうございました。

〈インタビュー経過〉
 5月20日、実際にシルバーヴィラ向山に訪問をし、インタビューをさせていただきたいとお願いしたところ快く承諾していただけたので、後日正式な書類を送り、6月1日にシルバーヴィラ内においてインタビューをさせていただいた。

質問項目
1.どのようなことを最も考慮にいれて運営
 しているのですか。
2.独自の運営理念について
 (1)なぜほかの介護施設と比べて自由で
   あることを重要としていますか。
 (2)スタッフの方々への指導において、
   意識していることなど。
 (3)ホーム内の多くの来訪者と頻繁な人
   の出入りの理由があるのですか。
3.現在の日本の介護においての問題、足り
 ないものはなんでしょうか。
4.われわれ若い世代に求めるものがあれば
 教えてください。


1:1951年から約半世紀続いた「社会福祉事業法」が2000年6月に「社会福祉法に改正され、「措置」から「契約」へと福祉の概念が大きく転換された。

2:「介護保険施設」という単語は介護保険法で定義された用語。つまり、特別養護老人ホーム(=介護老人施設)や介護老人保健施設などを示している。ちなみに、有料老人ホームは施設だが、介護保険法上は「施設」ではなく「在宅」サービスの一類系となる。



早稲田大学河西宏祐研究室の報告書
早稲田大学人間学部 産業社会学調査実習資料第26集「人間を歩く7」(2006年発行)
(発行所:早稲田大学人間学部 河西研究室気付 産業社会学研究室)
P.133〜138から転載

 

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