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70歳以上の機関誌「銀杏」
兵役の思い出  
 
 
  
 
 
岩本正巳 91歳 
 
     

 戦時中は、招集が2度きました。1度目は韓国に行きました。北朝鮮よりも南朝鮮の方が農業地である関係もあって、農家の人は皆親切だったことが強く印象に残っています。2度目は千葉の館山で海岸沿いの山に「穴を掘る」ことをさせられました。敵が上陸してきた時に戦うための「穴掘り」作業でした。「穴掘り」をしている時に、アメリカのグラマン戦闘機が来ると、兵隊と見れば、機関銃を撃ち込んできました。それでも町民には、決して撃ちませんでしたので、町民の人達は、それほど怖がっていなかったように思いました。困ったのは、食べ物がなかったことです。農家にいって「ジャガイモ」や「さつまいも」を頼んで売ってもらい、穴掘りをした穴の中で蒸かして食べました。農家に行っても、先にお金を見せてから頼まないと決して売ってはくれませんでした。また、釣り竿を借りることができたときは、つった魚を夕食に食べたものです。
 穴掘りが終わると、北へ五里位行ったところにある「ノコギリ山」の海岸に穴を掘って「塩取り」をさせられました。この海岸は、塩分を多く含んでいるからということでした。
 軍隊生活は、お国のためとはいえ、終始納得がいくようなものではありませんでしたが、ひたすら堪え忍んだことを思い出します。
 つらいときは、楽しいつりのことを思い出して気分転換をはかることができたのは、今思い出すと「つり」に支えられてきたという思いがあります
 そして、終戦を迎えたとき、退職金を払うから一ノ宮に集まれと言われて行くと十圓札6枚六十圓で、衣類は着ているもののほかは全て取り上げられました。しかし、海軍の友人は、3ヶ月間任務に就いただけで、退職金七百圓と持ちきれない程の衣類をもらって帰るのをみて、敗戦後も軍は筋の通らないことをすることに驚くと共に憤慨したものです。
 それでも、戦争が終わってから、思う存分につりを楽しめる時がきたのは、本当にうれしかったことをなつかしく思い出します。

 

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