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70歳以上の機関誌「銀杏」
《思い出》“博文館日記”について”―大橋新太郎という人―  
 
 
  
 
 
原田啓子 
 
     

原田様が結婚される前の写真 前列左から お母様、お父様、原田様、弟様 他の皆様 昔、私が子供の頃より父のお得意様でした麹町番町に邸宅あり、当時「紳士録」とう書物に三―四頁の記事あり、当時政財界に名のある人でした。
 若い時夜店で古本を売っていた処、伊藤博文という有名な方に認められ、新潟から出てきて芽が出たというところでしょうか。(出世したお方でしょうね)
 お邸はなかなか広くて私共の父及び職人共々仕事に行っても殆ど他より細かい仕事は受けられぬ程でした。当時、毎日毎日「女中募集」の広告に私が父に聞いたところ、夫人が人使いが荒くて直ぐお暇を貰って来なくなるとの事。御奥様というのが当時、芝の紅葉館という社交場、そこの女中頭との事。大橋新太郎と言う方に嫁いだものの俄に大奥様振りになり、女中さんが居付かない始末…‥夜は役者を連れて朝まで大騒ぎの有様…‥
 日本橋に「博文館」というものあり、現在でも年末になると「日記」を売って居ります。そのお邸に現(イマ)で言う倉庫に一年中の書画他が整然とあります。(博文館日記)それ等の出入れは私共の父の仕事で、大事な来客と判るとすぐ伺って、襖、額その他お座敷の模様替へは済ませるとのこと(襖でも何でも大家の書いたものばかり)お金に代えられぬ程の品を預かって仕上げる迄家の者が交代で寝ずの番をした事もありました。(父は表具師でした)当時月末にお勘定を頂きに行くと必ず「少女世界」「少年世界」等雑誌を頂いて来ました。戦前に九段下に「大橋図書館」が有りました。純日本家屋のお邸で玄関も畳、使用人は白足袋、袴という姿でした。
シルバーヴィラ向山に入居された頃の原田様(右) カナダの学生と一緒に(於 花ちゃん) 尾崎紅葉の「金色夜叉」のモデルとも言われた大橋家(御夫妻)「パーマネント」が流行した当時美容院に行かず機械を買ってお邸に据え置き、当時一台三十円とも聞いています。
 昔から何故か芸能人が近く居りました。金語楼、そして弟さんの山下武氏(作家)大辻史郎、水谷八重子、左団次、日本画家鏑木(カブラギ)清方さん、等…‥、夜店が賑やかで夕涼みながら夏は楽しみでした。早慶戦で早稲田が勝った時は、神楽坂は人で埋まる程行列…‥、ウインドウの大きい店は皆戸を立て破壊を防ぎました。当時は、「カフェ」…‥洋食やですが毎晩早稲田の学生で普通のお客が入れない位…‥。
 現在は、地下鉄もあり、殆ど学生は通りませんが、それだけ神楽坂が静かに不用心で早く店を閉める様になりました。

(注)御家族の写真について
御母様は、東京大空襲の時、家族三人で手をつないで逃げましたが、後から来る人に押されて御母様が手を放されてしまい、それが原田様との最後の別れになったそうです。
弟様は、海軍に入りアッツ島で玉砕されたそうです。

 

 

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