シルバーヴィラ向山TOPページ シルバーヴィラ向山TOPページ 催事 催事 花ちゃん通信 花ちゃん通信 出版・報道紹介 出版・報道紹介 機関誌「銀杏」 機関誌「銀杏」 施設紹介 施設紹介
 
記事・お知らせ
 
     
 

月刊消費者('95年12月号)記事

作成者:ウエブ管理人
| | トラックバック(0)

美しく老いてこそよい生活               早川克己(日本経済新聞社論説委員)

 ある会社の調査によると、東京駅と西武線の豊島園駅を直線で結ぶと、その上つまり北のほうと下、つまり南とでは明らかな違いがあるそうだ。たとえばミッションスクールの数、上場会社役員の居住数などなどだ。その豊島園駅に降り立つ。駅からの私の目当ては練馬区向山にあるシルバーヴィラ向山(こうやま)だ。豊島園に背を向けて住宅地の中に人ってゆく。まだ縁がたくさんあって閑静な住宅地だ。その中にひっそりと「高齢者専用長期潜在ホテル」と看板を出すそれがあった。普通のことばでいえば、有料老人ホームである。
 1973年(昭和48年)、実はここを運営する「さんわ」の社長、岩城祐子さんは女学生の寮をスタートさせた。しかし入居者の減少、高齢者の増加などを目の当たりにして、81年には女子学生と高齢者の複合施設に切り替えた。やがて91年には女子学生寮を廃止、専用の老人ホームとする。1号館、2号館と建物が増し、3年前には3号館を建築し、職員40名・90部屋を有するホームとなっている。いつも満室状態、入居待ちの人の名簿にはかなりの人の名が並んでいる。入居希望者、施設見学者、高齢問題に関心を持つ人、あるいは同業の人々にも施設はいつもオープンにしているので、見学者が引きも切らない。
 ホテルとうたうことからわかる合理的でオープンな管理運営、開放性。同時に住宅地の中にある民間ホームならではの家庭的雰囲気が人気の秘密らしい。入居者の平均年齢は84歳。原則として55歳から入居を認める。60歳代では4割が男性だが、70歳で3割、80歳で2割と減っていく。老人ホームでは圧倒的に女性優位なのだ。102歳で亡くなった人もいるが、現在、最高齢に属するある男性は元銀行マン。98歳でなお日経新聞を愛読している。ホーム内で行きずりに「こちらは日経の人ですよ」と紹介してもらったところ、「ああ、日経か。わしゃー8歳のときから読んどるよ」という。「80年来の読者ですね。ありがとうございます」と頭を下げた。

意欲をもって生きる

 ここでははとんどの人が自分でお金を管理している。お金が通帳に残っていて、自分で管理していると痴呆になるのも遅い。ときには通帳に残高を打った見せ金だけでも効果的とか。家族が「間違うと困るので」と、16万8000円の食費・管理費の支払いを引き取ってしまったりすると、そのとたんにボケが始まることもある。今、年金などの受給者は、もともと学歴の高たい人、元教師などが多いので、なるべく長く自己管理させるのがいいらしい。
 このことは「社会の風」にあたるのがよいというヴィラ管理者の意見にも通じる。中庭に面した室よりは道路に面した室に人気がある。窓から車が見える、登下校の子どもの姿を見る。そこで季節の移り変わりや世の中の変化などを実感する。ヴィラでは買い物を入居者に頼むこともある。忘れ物をする、計算間違いをする。だからダメではなく、信頼して任せる。危いときはあらかじめ目的の店に電話しておいてミスを防ぐ。
 「ノーはだめですね。ここではしてはいけないとは言いません。何でもどうぞ≠ナす。自信をなくさないようにほめて励ます。陰で助けてあげる。散歩をしろと言っても3日でコースにあきるでしょう。買い物、お使いなど役割を与えると喜んで歩くのです」。まだ40代の専務、岩城隆就氏はこんな打ち明け話もする。
 隆就氏は社号岩城祐子さんの長男。財閥系有名商社のロンドン支店勤務を経て東京の本社に2年いたのち、退社して母上の仕事にいっしょに取り組んでいる。祐子さんは「ウチヘもらい受けるのに2年も商社へ通いました」と笑うが、エリート商社員だった隆就氏は、たまたま大規模な商談に携っていたから「そのメドをつけてと思って」と淡々としたもの。今でも商社の仲間とは会うし、同僚として遇してもらっている。「それにしてもなんで老人ホームに?」と思うが「やりがいがある。多くの人生とかかわりあうのは大変だが、大事な仕事だし興味深い」と熱意をみせる。

社会の風にあたってこそ

 そんな氏から見ると、高齢者を取り巻く社会の目がやはり気になる。外へ出るとうとんじられる。おしっこをすると白い目で見られる。なじられる。実はそんな期間もそう長くはないのだから、大目に見てやってほしいと思うこともある。実際、高齢者や障害者のための施設は、時にゴミ処理場、火葬場などのように迷惑施設≠ニされ、東京では都下の山間部近い町や市に移転することも多い。
 だから、ここでは社会をホームの中に取り込むようにしている。たとえばかつての入居者の家族のボランティアによる英語教室、あるいは習字教室。それを無料で近所の子どもたちに開いている。英語には10人、習字には30人の子どもが来る。ロビーで勉強している子どもたちを眺めるだけでお年寄りの閉そく感が減少する。夏はプールを開放、子どもたちに自由にはしゃがせる。
 ロビーでコンサートを開く。すべて無料、入居者はもちろん、外部の人も来る。タクシーで来た人がいれば運転手さんに上がってもらいお茶を出す。おまわりさんや郵便局の人にも同様だ。前述の見学自由も同じ理由。老人同士だけの施設はよくない。なるべく異質の人が入って来るようにしたいと、隆就氏はいう。
 入居希望者や職員志望者の面接をしたり、入居者の相談にのるときも、なるべくロビーで、特別な事情がないかぎり皆の目や耳に触れるようにして話す。別室だと「何か悪いことがあった」「あの人はおかしい」「変なヤツが来た」と疑心暗鬼を生みやすい。正しい情報が正確に伝わるようにし、年をとってからは地そのままを出すほうがいい。常識的な判断がかえって働くからだ。またお年寄りのレベルまで降りて付き合うのがコツ。忘年会では社長と専務が厚化粧でお宮と貫一になリ「金色夜叉」を演じたり、それに医師も加わってやんやのかっさいをあびた。
 先に筆者が米国の老人ホームを訪れたときは、なるべく手を握り、体に触ってあげてくださいと言われたことがある。外国人なら抱きあい、チュッをするところだろうが、日本でも「お元気ですね」「いい天気ですね」となるべく大きな声をかけてあげることが意味のあることなのかもしれない。

若いときの生活が肝心

 岩城さんの出身地である秋田県岩城町が町おこしの一環としてカナダのケベック州と手を組み、日本ケベック友好協会を結成した。それに協力する目的で例年5〜8月に4人のモントリオール大学生がヴィラに泊まる。入居者の一人が300万円を寄付、それに「さんわ」から援助金を出し、航空券、こづかい、国内旅行費に充てる。その代わり学生はホーム内で働き、お年寄りにフランス語や英語を教える。そんな中から去年の9、10月に8人の入居者と6人の付き添いがケベックヘ旅行することとなった。
 あまり歩けなかった人が努力して歩けるようになった。大学でのレセプション、世界有数の植物園、その日本館や高齢者協会の訪問など、口が不自由だと思っていた人が、帰国後とうとうと自慢話をするようになった。年を取った人は不思議なことに道を川下へ川下へと歩くという。ところがモントリオール行きが決まって歩行器にすがるのをやめたのはもちろん、川上へ、つまり坂の上のほうへ歩くようになり周囲をびっくりさせた人もいる。来年はケベックの老人ホームの人に来てもらう予定。寄付金とヴィラの助成で十数年は続けられる見込みだから、ここの目玉行事になることは間違いない。
 こんなお年寄りばかりではなく、部屋にとじこもりきりの人もいる。かつて師範学校の先生までしていたある女性はガンを病んでいたが、体力が衰え、今は眠っている時間が多くなった。寝たきりになる前はよく廊下で小便をした。昔の農村に育ち道端で着物のすそをあげ、モンペを下げて小便をしていたのがそのまま戻ってきたらしい。ヴィラの側では廊下に鳥居の絵を描いて防止に努めた。
 知るべきことは青春期までの生活習慣が年を取ると再びよみがえり、ごく新しいことは忘れられやすいということ。大きなことばかりいう虚言症、すぐ結婚しようと言う女性好き、精神的ショックから閉じこもりきりの人など狭いヴィラでも人さまざまだ。
 悲しくなる笑い話もある。たんすの中から紙に包んだ大便が発見された。ホシは入居者。水洗トイレの中に浮いているのを見て、「さあ、大変。人に見られては恥ずかしい」と取り上げ、引き出しに隠したもの。水洗トイレの生活など縁遠く、便は便つぼに排出する暮らしをしていた人が、水洗トイレの中を見て自分は排便のミスをしてしまったと勘違いしたものらしい。判断は間違っているがその行為には意味があるのだ。
 スプリンクラーはこういう施設には欠かせないが、摂氏4℃の水を浴びると冬には高齢者は死ぬこともある。階段は広いほどいいと考えがちだが、やや狭くて両側に手すりがつくほうが高齢者は昇降しやすい。手すりの伝い歩き、昇り降りでも積極的にやった結果、脳こうそくの症状が脳の写真からきれいに消えた人もいる。ダイヤル式の電話は使えるが、プッシュボタンはお手あげという人もいるなど、設備の面でも工夫が大切だ。
 岩城祐子さんは大正13年生まれ、日本女子大学では無機化学を専攻して、福祉の問題とは縁が遠かった。これからはヴィラの経験を活かして新しいホームのあり方を探ったり、独居老人の給食サービスの実現を目ざしたいという。そのために志を同じくする人々と「楽しい高齢社会をつくる会」を組織して、定期的に勉強会を開いている。大学時代に中村紀伊さん(前主婦連合会会長)、勝部三枝子さん(元同事務局長)と同級だったとか。アイデア豊かで、それを実現させるための企業家精神にも富んだ肝っ玉おばさんだ。「つくる会」から何が出てくるかは楽しみに待つこととしよう。

 
     
このWebに記載されている全てのコンテンツ(文章、画像)の著作権は、
シルバーヴィラ向山と情報提供者に帰属します。許可なくほかに転用することを禁じます。