通商産業省 関東通商産業局

伸びるサービス、儲かるサービス

1999年3月


関東通商産業省「サービス産業等の事業環境整備に向けた調査研究」報告書


民間初の有料老人ホームは、

安心価格で充実したサービス

 都心に立地する老人ホーム
 高齢化か進む中で、老人ホームヘの入居希望者も増えていると聞く。特別養護老人ホームの整備も進められているか、今後の需要にはとても追いつかないという声もある。そのような中で純粋な民間事業として、既に18年前から事業を開始し、着実に業績を伸ばしている施設が都内にあると聞き、早速うかがうことにした。シルパーヴィラ向山、アブランドル向山を経営する㈱さんわがその企業だ。豊農園に程近い閑静な住宅街の中に建ち、車の通りも少なく、高齢者でも安心して住める雰囲気の場所である。とは言え、住宅が密集した生活感溢れる町並みであり、ちょっと電車に乗れば、池袋、新宿といった繁華街もすぐといった立地。老人ホームは自然の環境に囲まれた都心から離れた場所が好ましいのではないかと、創業者である岩城祐子社長に尋ねると、「きれいな景色というものは3日で飽きる。誰でも、住み慣れた場所に近い環境が一番居心地がいい。」と言われ、自分の考えが高齢者への偏見であったと悟らされた。むしろ、「高齢者ほど日常の変化が感じられる環境におくべき。」と岩城社長は話る。実際に、静かな中庭側の部屋は人気が低く、入居希望も人通りの多い通路に面した部屋から埋まるそうだ。 

 老人ホーム個室化の先駆者

 岩城社長がこの事業に踏み出したきっかけは、自分自身も母親の介護の経験があったことから。「父が母の介護で疲労する姿を見続けてきたが、十分な手助けをできなかったことを今でも悔やんでいる。」と当時を振り返る。そんな20年程前に、当時の老人ホームを覗かせてもらったところ、南部屋、北廊下の学校のようなつくりで、大部屋、畳敷きの万年床といった環境。同じ部屋の中では、全く会話も交わされず、壁に向かって座っている光景しか目に入らなかったという。こうした状況を見て、「全室個室の老人ホームをつくって、人間らしい暮らしの場にすることが必要。」と感じ、行政への働きかけをする等、老人ホームの個室化に向けて熱心に取り組んできたが、当時は管理上の立場から高齢者を一人にさせることを懸念し、全く相手にしてもらえなかったという。「ならば、自分で実現してみせる!」と、公的な資金は一切頼らず、自宅の敷地に35床の施設を造った。あっという間に全室埋まってしまったが、全くのゼロからのスタートということでもあり、入居者と寝食を共にしながら手探りでノウハウを蓄積していったという。
 自分の考えていた通り個室化された老人ホーム、それも都心周辺部におけるニーズが高いことを実感した岩城社長は、その後も70床、90床、165床と施設を拡大して行き、殆ど宣伝活動をせずに施設は全室埋まっていったという。今でこそ個室化は当たり前になったが、「行政のパイロット事業になった。」と自負する岩城社長の功績は図り知れない。
 その一方で、「最近では在宅介護が叫ぱれているが、施設介護を必要としている人達をカバーできていないことか問題。」とも指摘する。実際に特別養護老人ホームで23万床、民間が供給している2万5千床を合わせてもピーク時の高齢者数からするとI/100程度の規模に過ぎず、10人に1人は施設介護を要すると言われる中では到底足りないと言うのだ。「在宅での介護には限界がある。」と言い切るのも肉親を介護してきた体験から出る言葉だけに重みがある。

 低コストでかつ顧客を満足させるサービス

 こうした施設か増えない要因は、特別養護老人ホームの実態や有料老人ホーム協会が出している業界基準がコストのかかり過ぎるシステムに化しているためとも指摘する。その一つが共有部分が大き過ぎること。一般のマンションでは共有部分は15%程度に過ぎないが、協会基準の有料老人ホームでは7割を占め、特別養護老人ホームではそれを上回る。その意味では施設に係るコストだけを取り上げても、個人の占有スペースで比較するとマンションの3倍近い費用を負担しなければならなくなる計算だ。ここでは、共有部分を4割程度に抑えることで協会基準の半分のコストを実現している。例えば、理髪室を設けない。浴室は敢えて男女別に2つ造らない等々。
 施設を案内して頂いた途中にもコストを抑えるための工夫は目に付いた。居室の電話も敢えて昔からのダイヤル式電話を設置。NTTから安く払い下げて貰うことでコスト的に抑えるだけでなく、高齢者には使い易いものらしい。徘徊癖のある入居者が一人で外に出ていかないようにする玄関の開閉装置も、簡単な2つのスイッチを組み合わせて同時に押さないと開かないようにしただけのものだが、これだけで外に出られないらしい。「複雑な装置では、閉じこめられているという意識が強くなるだけで逆効果。」なのだそうだ。金をかけずに、より良い工夫をする姿勢には脱帽させられた。
 「福祉は与えられるものという意識が強いが.本来は白分で選び買うもの。高額なロールスロイスを買う人は稀だが、軽自動車で十分という人は多い。価格に応じた車であれば人は満足するが、どんなに安くても削ってはいけないものがある。福祉も同じだ。」と岩城社長は語る。顧客を満足させるには、価格を抑えるために何を削り、何を残すかで割安感を出すことが重要だという。
 選択度の自由を考慮した施設として最近建設したのが、“アプランドル向山・”。110歳までの終身居住を保障するとともに、途中で住み替えをしたい場合には残った原資を返還するシステムも導入している。社長の精神はご子息の岩城隆就専務に引き継がれ、こうした新たな事業展開も進められている。さらには、「高齢者だけが集まるのは不自然な環境。」と問題視する一方で、不登校児等の低年齢層におけるメンタル面での問題も増えていることを捉え、両者を結びつけることができないか模索しているという。確かに陰湿な雰囲気こそないにしろ、我々が施設を観せて頂いていると興
味深げに見つめられ、時には話しかけられもした。施設の外から来る人は新鮮な風を送り込んでくれるので、彼らにとっても良い刺激になるそうだ。こうした発想も民間の事業として長年取り組んできた成果なのだろう。

 

 介護保険法の制定で民間の活動はますます活発になり、コスト意識に欠けていた今までの福祉事業にメスが入るものと思われるが、既に20年近く前からこうした企業が存在していたことは頼もしい限りである。今後も新たなパイロット事業の展開に期待したい。

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